今日も仕事を終えながら。ゲストハウスの静かな夜。
クララさんがゲストハウスの前を掃除中の11時頃のことである。
夜の静かな喧騒の中をスッと通って自転車が止まった。
「お、賢一くん。今帰りかい?」
「はい。明日は久しぶりのオフなので、ちょっと早めに帰ってきました」
「受験生は大変だね。調子はどう?」
「なんとも言えないですよ。でも頑張ってます」
賢一君はそう笑って自転車を置き場に戻した。
橋本賢一君は、来年の冬に受験を控える高校3年生だ。ゲストハウスを借りている親戚の家に滞在中で、今は近くの予備校に通っている。今日も夏期講習から帰ってきたところである。この後もきっと受験勉強だ。夏は受験生にとっていつも大変だ。
「志望校は、西都都立大学だっけ? 公立大学だと、まずは年明けのセンター試験が勝負所かな?」
「そうですね。すごい難関というわけでもないので、基本をしっかりと抑えていけば大丈夫だと思いますが、それでも気は抜けないし、緊張しますね。こうやっておじさんにも協力してもらっているし」
「夏の間の1か月間の滞在だもんね。賢一君の地元は大阪だし、いい刺激になってるんじゃない?」
「そうですね京都の雰囲気は好きです。だから頑張ろうって思います」
「うん。明日は海に行くんだっけ? いつもは予備校帰りの後にお友達の所で遅くまでやってくるよね」
「久しぶりに羽を伸ばしてきます。このところ結構缶詰状態だったので」
「おじさんが言ってたよ? 好みの子は予備校にいた? 今から来年のための彼女探し」
「あの人はバカなんでほっといてください」
泊めてもらっているおじさまに酷い言い草である。
「有島さんは楽しい人だよね」
「クララさんは毎日お掃除してますよね。いつも帰ってきたときに綺麗だなって思います」
賢一君は足元を見まわしてふと呟いた。
「気持ちええやろ?」
「おかげさまで。いつも清々しい気持ちで部屋に入れます」
賢一くんは笑って言った。
「掃除する甲斐があるってもんやね。住んでる人にそう感じてもらうためにやってるところもあるから」
「ほかにもあるんですか?」
「特に強い理由はないけど、管理人が毎日掃除しないハウスとか、住みたくないやろ?」
「まあ、ゲストハウスは、常に綺麗であったほうがいいですよね」
「まあ、そういうこと」
「でも朝から晩まで仕事って大変じゃないですか?」
「賢一君は朝から晩まで受験生の仕事しとるやん」
「まあそうですけど、うん? でもこれって仕事なんですかね? ああでも、よく言われますよね」
「まあ、お金を稼ぐことが仕事って意味では、これも、賢一君のも仕事ではないかもね」
「そう……ですね。仕事か……」
「明日は大事なオフなんだから、今日は、はよ戻って寝なさい」
賢一君はハッとして足早に中へ入っていった。
クララさんは再び箒を動かし始めた。
前の道路には車が緩やかにエンジン音を出しながら、楽し気に話す2,3の人たちが歩道を歩いていく。
今日の三条もゆったりとした雰囲気にどこか浄化されている様な空気と共に。決してうるさくはなく、しかし田舎びているわけでもなく。
どこか涼し気なゲストハウスの一夜である。
(※この物語は実在の場所と施設と関わる人々を元にしたフィクションです。)