ビールを飲む人なのか、飲まない人なのか。晩酌はほどほどに。
「なかなかのお部屋ですね」
クララさんは言った。飲料らしきものが床にこぼれ、乱れた布団に、食べかけの菓子袋がテーブルに広がったまま。いうなればやりっぱなし状態である。
こういうお部屋もあるのだろう。いや、むしろこういうお部屋なほうが多いのかもしれない。
「まあでも、やりがいがあります。こういうのはサクッとノッて片付けましょう。」
そういって、クララさんはおもむろにアイフォンを取り出した。
「僕はleccaの”ちから”がお気に入りなんです。これ聞いてると力が湧くんです。あ、シャレじゃないですよ」
といって、アップテンポで特徴的な、外国人なまりのある声音が流れ出した。
曲を口ずさみ、少し踊ったように、ゴミの処理、テーブルやベッドの上の掃除、吹き上げ、床掃除、洗面台やお風呂場まで、上から下へ、流れるように、隅々まで楽しそうにクララさんは仕事を片付けていった。
相当慌ててたんですかね。飲み物こぼしっぱなしって、使っている方が、嫌なはずなので、あんまり乾いてもいないので、寝坊して、最後にこぼしてそのままって感じですね。
そういえば、ちょっとお帰り遅めでした。
クララさんは笑って言っていた。こうしてどんなお客様が利用されたか、その時間を遡って想像しながらお仕事するのが楽しいののかもしれない。
一通り仕事が終わった後で、クララさんは、冷蔵庫を開けた。
「時々こういう忘れ物があるんですけど、良ければ、一杯どうですか?」
そういって渡されたのは、缶ビール。アサヒ缶だ。
「2,3杯の空き缶があったので、昨夜はお楽しみだったんですかね。朝は大慌てだったかもしれんけど」
クララさんはクスリと笑って言った。
なるほど、確か、お客様の忘れ物で一番多いのが冷蔵庫の中のものって言ってたっけ。
「いいんですか?」
「お任せします。お帰りになりましたし、次にご利用されるお客様もいますし、何より飲料なので。基本的にこういうものは廃棄です」
悩んだが……。名前も書いてませんしね。と、ぷしゅーと開けて、心地よい喉越しを、昼間から味わうことができた。素晴らしい。
「あ、やっぱり飲んじゃう人なんですね」
なんだか底を見抜かれた気がして、納得のいかない気分になった。いや、お任せしますっていったやん。
(※この物語は実在の場所と施設と関わる人々を元にしたフィクションです。)